2009年4月26日 お遍路の旅
2009年4月30日
昨夜からの降り注ぐ冷たい雨が、今朝になってもまだやまず、小粒の春雨となって落ちておりました。
4月の下旬に入り、3月に戻る様な少しい肌寒さを憶える晩冬の1週間でした。今回のお遍路は、以前より家内の母親と一緒に御参りできることを楽しみにしておりましたが、体調が思わしくないので残念ながら諦めることとなりました。3名のバス予約をしておりましたので、今回のお遍路は、お遍路初体験の順爾(私の次男)を誘っての親子3名で6か寺を巡ることとなりました。
家内の愛情がたっぷりと詰まった、「海苔おにぎり」を抱えて、冷たい春雨の中を元気に G0!
第53番 円明寺(えんみょうじ)
前回のお遍路では、行く先々で「桜」の満開が咲きほこっており、ソメイヨシノによる春爛漫を満喫しましたが、今回は三~五分咲きの「ツツジ」がお出迎えで、またまた季節の変遷を感じることができます。草花は裏切ることなく正直に、季節をそのまま連れてまいります。
私達を迎えて包みこむ「ツツジ」に感謝します。
大師堂の左奥には、十字架の形をした石灯篭がひっそりと立っています。マリア観音のように見え、先達さんからは「隠れキリシタン」信仰に使われていたと聞きました。
キリシタン石塔がある境内です。
順爾は、初めてのお遍路の作法に戸惑いながら、ろうそくに火を灯し、線香に火を灯したりと、慣れない手つきと作法で慌しく私の指示についてきておりました。
お接待に「あられ菓子」と「ヤクルト」をいただきました。 お接待に感謝合掌!
第52番 太山寺(たいさんじ)
山門をくぐりすぐ左に「ミツバチ」が大きな巣を作っており、たくさんのハチが舞っておりました。
立て札には「ミツバチに注意」とありました。刺された人もいるそうです。
本堂右手にある鐘桜堂の壁面には、3枚の「地獄極楽寺絵図」が描かれています。
地獄と極楽の間にある絵には、閻魔大王が人間の生前の善悪を審判しています。下には三途の川、地獄絵を覗き込む鬼の彫刻もあり、つい自分を振り返ってしまいました。「嘘をついたら、閻魔さんに舌を抜かれる」と子供の私に言った母の声も聞こえてきました。
今になってやっと、その意味が少しは理解できそうです。
国宝の本殿は威風ある姿に鎌倉様式の建築美を感じることができます。
大きな屋根の向こうには、のどかな松山の町並みが遠くまで広がっておりました。
境内には「ツツジ」が綺麗に色を放ち、心を癒してくれました。
~ 昼食 ~
本日の昼食は「民芸伊予かすり」の大きな老舗レストランです。
玄関をくぐると、右奥に人力車が2台並ぶレトロ感が「かすり」の歴史と老舗を感じさせます。
食事作法・・・「一滴の水にも天地の恵みを感じ、一粒の米にも万民の労苦を思い、ありがたく、いただきます」 感謝の心で合掌「いただきます」
卓上のガスコンロには、味噌汁の鍋がセットされており、熱々の味噌汁をいただきました。炊き込みご飯は、保温ジャーにお替りできる様にとセットしてあり、私は少しだけお替りしました「ご馳走様でした」
店外には、お土産売り場が並んでおり、先達さんが「ここの塩ソフトは本当においしいですよ」の誘惑に負けて、伯方の塩ソフト250円を美味しくいただきました。
順爾は、八十八箇所の全図が描かれている「お遍路マップタオル」をGET。
第48番 西林寺(さいりんじ)
境内の西南150メートルほどの場所にある杖の淵は、大師の伝説があります。日照りに苦しむ人のために、大師が地に杖を突き立て一心に祈願すると、清水が湧き出て泉となり、人々の困苦を救った。この淵の水は「名水百選」に選ばれています。
大師堂が新築されており、木柱や木壁が新しく、明るく白っぽい色をしておりました。
境内には、非常に多くの参拝者が溢れ、線香をあげ、お経をあげるのに待ち時間が必要でした
第49番 浄土寺(じょうどじ)
住宅街の細道を歩いていると、急に仁王門にたどり着きます。下から見上げると、大きく羽を広げたような形です。仁王像には、虫食いもありますが、長い間遍路を見守ってきた自負に満ちた顔つきで、力強いエネルギーを感じました。2体の仁王像から寺を守る気迫が伝わってまいりました。
また、春風が強くなり、風の吹き荒れる音に竹の葉ずれもみられ、風情を感じました。
第50番 繁多寺(さんたじ)
大師堂には、お大師さんの木像が祀ってありました。
その像にやわらかなオレンジ色の斜光が当たり、大師の厳しさ、あたたかさが感じられた瞬間でした。
広い境内は公園の広場を感じさせます。
池も非常に大きなもので雄姿を描いております。
第51番 石手寺(いしてじ)
門前の洗い石という石橋の横には、衛門三郎がひざまずいた像が建っています。衛門三郎は亡くなる直前、大師に許され、彼の名を書いた石を握らされます。
その石を、道後の豪族の長男が握って生まれたことが、寺名の由来であると聞きました。
ここから、絵馬堂にもなっている回廊形式の参道を歩きます。
道なりに、仏具、やきもち、土産品などを売る店が並び、まるで縁日にでも来た気分になりました。
仁王門には両脇に4メートルの「大きなわらじ」がかかっており、金鋼力士像前にもたくさんのわらじが奉納されています。
順爾はデジカメのアングル探しがいそがしそうです。
本日最後の御参りで、癒しのご褒美をいただきました。
疲れた私達を一番癒してくれるご褒美・・・そうです「猫チャン」しかありません。
喉の乾いた夫婦に、オアシスの湧き水の如く「わ~ 猫チャンがいる~」
やはりこの夫婦は猫に関しては異常な反応を示します。自宅に猫5匹と同居しているのにもかかわらず、猫が好きなのです。順爾も呆れ顔をしていますが、彼も大の猫好きです。
今回の先達さんは、前回同様の山中先達さんでした。とても親切に作法なども教えていただき勉強になります。
「般若心経」に順爾も少し慣れた様子で、最後のお経を無事終え 祈願~合掌~礼拝。
1時間余りで帰路「来島海峡PA」に到着、休憩です。
前回の3月は、陽が水平線に沈みかけようとしておりましたが、4月下旬になり、まだ陽は高い位置にあり、1か月余りで日の長さを感じました。
今回も、お母様と我が家の土産に讃岐「生うどん」を購入し、しまなみ海道を渡り帰路となります。先月より、週末の高速道路料金は1000円を上限となりましたが、本日のしまなみ海道大橋の交通量は、いつもより少し多い程度で、大きな混雑は見られませんでした。
無事に六か寺の御参りを済ませ、少し疲れた身体を横たえた車窓から眺める景色に、心地良い心の安らぎが訪れました。
これからの2時間は、バスを活用して邪魔をされない「読書」ができる幸福に感謝です。
順爾も私の横の座で、難しそうな読書をしておりました。
家内は心地良さそうにバスの波に身をまかせ、優しい笑顔で、猫達に囲まれた夢の世界の続きを旅しているのでしょうか。
無事お遍路を終え感謝 合掌
カテゴリ:心の修行・四国のお遍路の旅日記
わたしの生い立ち~幼少期1~
2009年4月7日
「生い立ち」
私は、昭和28年12月27日、慌しい年の瀬に、
広島市中区舟入南町の自宅で、姉二人をもつ末っ子長男として
産声を上げました。
歳春という名前には納得できます。
生家は広めの住居敷地内の玄関先に大衆食堂を開き、
中央に大きな鉄板を設けておりました。
そこから土間を経て奥側を自宅とし大きなかまどが並んでありました。
引き戸を開け少し離れて独身者用の下宿アパートを数棟設けており
数名の若い男性が居住していたと思います。
私の幼い記憶では、母親は朝から夜遅くまでお店で
お酒を出したり、裏庭でお酒を作ったり(当時は濁酒)、
下宿人の食事の支度をしたり、一日中働いていた光景が
ぼんやりと残っておりますが、何故か父親が働いていた
姿は記憶にありません。
父親は、いつも居間で昼間から友人と賭け囲碁をやっており、
時には外泊したりと放漫な父親だった様子です。
私は父親から叱られた記憶がありませんが、母親は大変苦労
させられた様子でした。
母親が忙しかったせいもあり、長男として生まれた私は、
年配のお手伝いさんから、かわいがられたことを憶えております。
「両親の離婚」
私が小学校入学前に両親は離婚しました。
離婚理由は分りませんが、子供心に父親の賭け事と
女性関係のトラブルが原因と察しておりました。
離婚後は、母親と姉と私の4名の生活となり、母親は
女一人で子供3人を養うこととなり、私たちは貧乏生活を
強いられました。
母親は一人でカウンター席のみの小さな食堂を経営し、
私達家族は、店の近くの狭くて安アパート住まいとなり、
生活は一変しました。
その食堂は本川の傍にあることから
「かっぱ食堂」 と名づけておりました。
お店の営業に際し、初めて電気冷蔵庫を開けて感動したことは
今でも鮮明に覚えております。
小学1年生の家庭訪問で「担任の沖先生」が食堂にやって来て、
母親がカウンター越しにビールを注ぎ、先生が旨そうに飲んで
いたことを傍で見ていたことを今でも憶えております。
狭いアパートは、家賃も安いため、陽も余りあたらず昼間でも
薄暗く、昼間でも電気を点灯しなけばならない部屋でした。
狭い台所と一部屋に、冬は家族4人で寄り添って、やぐらコタツに
足をぶつけながら質素に暮らしておりました。
続く…
カテゴリ:わたしの生い立ち『幼少時~現在』
わたしの生い立ち~幼少期2~
2009年4月6日
「他人に迷惑をかけてはいけない」
末っ子の私は、寂しさから子犬(ジョン)を飼って
可愛がっておりましたが、子犬が成長するに連れて、
近所の玄関先に入っては、靴やサンダルをくわえて、
傷つけたり壊したりで、母親はいつも近所に謝りに
いっておりました。
子供心に犬の首に鎖を繋ぐのは可愛そうでしたから、
鎖を解いて離していたのでよく叱られました。
やがて、昼も夜も吠えたりするようになり、とうとう母親から、
「ご近所や他人に迷惑をかけることはいけない」
と諭され、知り合いの中華料理店を営んでいる方に
もらって預くことになり、私は離れたくないので、何度も
懇願しましたが引き離されることとなりました。
子供心に、広い庭があればと非常に残念な悔しい思いに泪しました
(引き取り先ではジョンは、餌を当分食べなかったそうです)
母親からは、いつも
「どんなことがあっても人様に迷惑をかけてはいけない」
「絶対に嘘をついてはいけない」
「食べ物は残してはもったいない、バチがあたる」
と、きつく躾けられ教えられました。
当時は母親が怖い存在でしたが、父親代わりも務めた
母親に敬服します。
母親の働く姿から、強さと人に対する優しさ、そして
まじめに生きていく事を教わりました。
母親からの生活訓、躾がお金では得ることのできない
最高の財産を得たと感謝しております。
「体験は糧」
自宅の傍には本川が流れていましたので、時間があれば、
川に下りて小魚を採ったり、岸に座って夕涼みしながら、
チヌ夜釣りを眺めておりました。
ある時、母親をびっくりさせてやろうと岸に打ち上げられて
死んでいた大きなチヌを、竹竿に吊るして針にひっかけたまま
ぶら下げて、母親に見せたところ、母親は驚きもしないで
全て見透かされました。
川の傍で、四季の移り変わりの中で多くを経験し、
生活教訓からの忍耐も多く学んだ時期でした。
お金のかからない、冬の青海苔を積んだり、夏はハゼを採ったり、
真っ黒になるほど毎日泳ぎました。
学校の正門で業者から「ひよこ」を買って飼育するうちに
ドンドンと大きく成長し、あっという間にトサカが生えて
きたのには驚きました。
「手も挙げない消極的な小学生」
私の母親は躾には厳しかったですが
「勉強しなさい」
とは口うるさく言わなかったので、そのお陰で勉強しないで、
友人や動物、川と遊ぶ時間を多くもち、気ままに感性を
磨くことができたと思います。
特に学校では、消極的で自ら進んで手を挙げることは無く、
人と会話することも体育も苦手で、成績も悪かったです。
いわゆる消極的で成績も悪い生徒でした。
顔の色は教室では一番白く、よく顔色が悪いと言われる生徒でした。
唯一、漫画を読むこととが好きで、絵を描くことや工作は
好んで取り組んでおりました。
小学生時代の私を知っている友人は、
今の私が信じられないのも当然と思います。
続く…
カテゴリ:わたしの生い立ち『幼少時~現在』
「四国八十八カ所 第44番~47番札所」
2009年3月30日
前回3月14日のお遍路(1泊2日)に継いで、3月は2回目のお遍路となりました。昨夜は、当社の居食屋チームの社員達と市内のオーダーバイキング店で遅くまで歓談決起会で盛り上がり、またまた深夜の帰宅となり、前回同様に睡眠不足と週末の溜まっている疲れを沢山連れて出発です。先日より他店舗視察で深夜帰宅が続いており、経営者業務と並行し、計画通りにお遍路に参加することは、「時にはお遍路を休みたい」と弱い自分が顔を出し誘惑が襲います。
最近では、遍路を休まず計画を遂行し満願することも修行と思えてきました。3月末としては、肌寒い早朝に、どんよりと重い雲を連れて、家内の運転する愛車の助手席に滑り込み
Lets G0!
第45番 岩屋寺(いわやじ)
青い大型バスに揺られ、時折大きく揺れる心地よい狭い席に身体を任せながら、家内の肩を借りて、ウトウトしておりましたら「桜三里PA」に到着です。桜が満開でかなり濃いピンク色をしており、「桜三里」という地名に納得です。
お遍路旅のお陰様で、四季折々綺麗な草木を見ることができます。
前回のお遍路で、先達さんから次回お遍路の「45番の岩屋時は、四国八十八か所の中では一番の難所」と聞いており、不安を抱きながら到着です。かなり険しい坂を上り、途中でリタイヤする人も稀にあると聞いており、昨夜の寝不足もあり、フラつく身体で心配でした。
小さな橋を渡り細道に分かれ入ると、身体に良く効く、「しょうが湯」や「ゆずっ粉」等を売っているお店が3軒仲良く軒を並べておりました。お土産は荷物になるので帰りの楽しみにします。
コンクリートで固められた坂道を、樹齢100年を越える杉の大木を道連れに上ります。途中から階段を登り、暫くすると、また坂道を繰り返しながら登ります。日頃の運動不足で足腰が弱っているので、無理しない様、途中で一休みしました。赤い極楽橋からは急坂になり、私にはきつい坂で「ハアハア!」と息が切れますが、家内は平気な様子で元気です(私よりは間違いなく長生きするだろう、それでいい)
約25分かけて、やっと山門に到着です。少し胸が苦しいです。
ここの特徴は、今までのお寺とは相違し、目の前には巨大な岩の絶壁が迫り崩れそうな迫力です。
大師が行をしたという、大きな穴がいくつか見えました。
大師堂の背後にも崖がそびえます。本堂は背に断崖絶壁を負うかのように建っており、岩に囲まれており、「岩屋寺」という命名に納得です。
帰り道に、自然食品「黒糖生姜湯の素」と母親のお土産に「ゆずっ粉」をゲット。
生姜は、強力な保温、発汗作用を発揮し冷え性の改善、風邪、のど、咳に効果的とか。
何故か、家内は直ぐお土産を買います。
難所と言われている「岩屋寺」でしたが、思ったよりは平坦でした。もっと急斜面を上ったりかなりハードと覚悟しておりました。しかし家内は余裕でした。45番を無事に御参りでき安堵し、足軽にバスに向かいました。
~ 昼食 ~
本日の昼食は「ふるさと旅行村」山間にある大きな山小屋風レストランです。
玄関先では、二匹のカモが仲良く並んでお出迎えです。「鴨ちゃん パチリ!」
温うどん、てんぷら盛、野菜煮物、、炊き込みご飯・・・豪華な昼食です。
昨夜は遅くまで飲食しており、胃を休めるため、炊き込みご飯のお替りは我慢しました。
食事作法・・・「一滴の水にも天地の恵みを感じ、一粒の米にも万民の苦労を思い、ありがたく、いただきます」 感謝の心で合掌
第44番 大宝寺(だいほうじ)
大宝寺の参道あたりは、巨大杉が立ち並んでいます。空気もひんやりして、霊山の雰囲気がただよっていました。
砂利道のかなり長い坂を上りました。仁王門には、大きなわらじが吊るされていました。
以前にも同じ様に大きなわらじが吊るしてあったお寺がありましたが、思い出せません。
本堂に上がるには、また長い石段があります。坂と石段の多いお寺です。
45番を先に御参りし44番を終え、やっと八十八か所の半分折り返し地点まできました。
昨年9月より始めて、丁度半年かかりました。これから後半を回り今年夏には満願します。
昨年、不慮の事故で実子を亡くされた、若い父親の方が毎回御参りされています。
午後からは時折、晴れ間がのぞきますが、直ぐに雲が流れて、3月末の四国としては肌寒い天候です。三寒四温というよりも、三温四寒がぴったりのこの頃です。
第46番 浄瑠璃寺(じょうるりじ)
バスに乗り、移動1時間程で到着です。
浄瑠璃寺には山門はなく、21の石段を上がると懐かしさを感じさせる境内に着きます。
右に鐘桜、左に納経所があり、奥に本堂と大師堂があります。本堂前には、釈迦の足裏の千福輪が刻まれた仏足石があり、素足で踏むことができます。
広い庭には、多品種の樹木や花が植えられており、願かけ札も多く見られます。
「まづ他人を幸せにしよう!」「今生きることありがたし」など、まさに反省と合掌です。
第47番 八坂寺(やさかじ)
第46番札所から八坂寺まではおよそ1k弱という近場です。札所間としては最も近い道のりのひとつとのことです。
寺の入り口には、赤い橋と山門が一緒に造られています。
境内には、地獄入口と極楽入口が繋がった石房が造られておりました。先に地獄入口から入りましたが、床には、鋭く尖った石が埋め尽くされ、壁面には地獄絵図が描かれており、極楽通路には、丸い石が敷き詰められ、極楽絵図が描写されていました。
ふと「心のあり方次第で、現実の世界に極楽と地獄も出現する」仏教の教えにある「利己と利他の心」について思いを巡らせました。たくさんの赤いのぼりが綺麗に並んでおり印象的でした。
バス停から山門まで徒歩で7分程度あり、本日最後のお遍路を、畑や田園の散策を楽しみながらゆっくりと歩きました。途中では桜の満開を楽しみ、その他名前の分からない綺麗な花がたくさん咲いていました。道端では無人販売「イチゴ」や「柑橘、野菜」が数箇所設置されています。新鮮な果物や野菜に、お遍路の方も多く購入されていました。
バス待ち横の売店では、石像の置物などが販売されており、かわいい「タヌキ」をパチリ!
予定の4か寺の御参りを無事に終え、今回は山中先達さんより、山門に入る際に礼をする場所や参拝の作法を色々と学ばせていただきました。
車内座席に腰を沈めると、難所(45番)と言われる今回のお遍路を無事終えた安堵感から疲れがドッとでます。
山中先達さんと一緒に、本日最後のお勤め「般若心経」を唱えて 合掌~礼拝。
しまなみ海道の島々を渡る前に、「来島海峡PA」で休憩です。
そろそろ夕陽が水平線に沈みかけようとしておりました。
お母様と我が家の土産に讃岐「生うどん」を購入し、「北海道&みかんソフト」を食べながら、瀬戸内しまなみ海道を渡り帰路となります。
車窓から綺麗な日の入りを眺めた時に、心の穏やかさと爽やかさを憶えました。
帰路の時間を活用し、バスツアーの楽しみ「読書に浸る」時間を持てる幸福に感謝です。
家内は既に座席で、心地良さそうにバスの波に乗り、優しい笑顔でスヤスヤ寝息です。
次回のお遍路4月26日は、以前より家内の母親も「一度機会があればお遍路に参加してみたい」を叶えて3名で一緒にお遍路を予定しております。どんな想い出を作ることができるのか、今から創造豊かにするだけで楽しみです。ささやかでも親孝行の真似ができることの幸福に感謝しております。私の母親は4年間に他界し、一度もお遍路に連れて行くことができず申し訳ない思いです。
さて、次回は大きなお土産バックを準備しておいた方がよさそうです・・・。
カテゴリ:心の修行・四国のお遍路の旅日記
