私の足跡 ~ 企業改革編
2008年8月1日
会社の将来展望が見えないトンネルから脱却する為、ブラシュアップによる試行錯誤を繰り返し、苦悩し熟慮思考の末、会社存続に向け大きな決断を下した。
加盟店を率いるFC本部の立場でありながら、断腸の思いで自社カレー業態からの完全転換を決意した。当然の様に知人からは猛反対であった。
私は「しがらみを切らなければ、存続、改革と成長はできない」と決意し、FC加盟店の本部を継続しながら、業績回復と飲食運営を学ぶ為、自己資金による資本増資を行い、2001年4月直営店舗のカレー店を大手FC焼肉加盟店に業態転換した。
その後、関連会社株式会社フードベンチャー設立し、FC加盟店として異業態である焼き鳥店、宅配寿司店、ラーメン店に加盟し、1年余りで新業態6店舗をオープンさせた。
直営カレー店を他のFCに業態転換を並行し、既存カレー加盟店様との調整も図り大胆な業務改革を推進し、自社カレー店は全て業態転換し、加盟店とのFC契約も全て解消した。
会社の存亡に関わる、第二創業としての勇断であった。再編調整業務は全て私が断行していたので、社員は企業改革は重く受け止めていなかった様子です。
複数の異業態FCに加盟したことで、アルバイト育成など飲食店舗運営のあり方、会社経営の進め方について多くを学ぶことができ、初心に還って企業経営に関する書籍に学び、多くのセミナーにも参加しました。
(新業態開発)
カレーFC本部の完全閉鎖から、フランチャイジー運営として企業体質を大きく改善しましたが、その当時より、もう一度自社オリジナル飲食業態を開発し、加盟店様が成功できる強いFC本部構築を強く抱いておりました。複数の飲食業態運営の経験値からの総合判断により、成功するパッケージとして、ラーメン業態開発に着手しました。
休日を利用し遠路まで、夫婦で自家用車の運転を交替しながら走り回り、ラーメン食べるまくりの旅を重ねました。
長崎、宮崎、大分、熊本、博多、山口、岡山、鳥取、島根、大阪、和歌山、京都、横浜、東京、北海道・・・各地のラーメン店舗を見て食べて研究しました。
成功するラーメン業態開発テーマとしては「広島で初めての味で、特徴があり、旨いラーメン」を定義して、研究開発に18か月の期間をかけて、製造、調理、レシピ、店作りデザインを完成させました。
スープやタレ調整の為に、週末には車を飛ばし京都工場の往復を繰り返しました。
2003年5月、ついに自社の新業態1号店として「和歌山らーめん ばり馬熊野店」がデビューオープンした。
その後、FC加盟店として運営していた店舗の業態変更と閉店を行い1店舗のフランチャイジーを残し、全て直営ブランドに転換を行なった。
短期間におけるスクラップ&ビルドを繰り返し、社員育成と企業業績改善を図った。
2004年12月、第二業態「京都らーめん とりの助東海田店」オープン。
2006年4月、第三業態「手ごねつくね&釜めし とりまねき廿日市串戸店」オープン。
(社名変更)
会社経営にとって最も重要である「経営理念」「経営目的」をより明確化させ、関連企業のグループの総合化を考慮し、2005年6月㈱エグチフードサービスからウィズリンクに社名変更した。
2009年2月には、念願であった3階建ての自社社屋を竣工した。
2009年4月、第四業態「濃厚つけ麺 風雲丸立町店」をオープンし、直営店及びFC加盟店を合わせて47店舗となり、4年後100店舗体制を中期経営計画に落としております。
(経営理念目的の追求)
ウィズリンクの存在意義とは、経営目的は何か。
経営目的は、店舗数を増加させることや売上高を拡大することが本来の目的では無いのです。
従業員に夢と未来への希望を与え、人間的成長を促し、地域社会に少しでも貢献すること、そして社員の幸福を実現することにある。
その為の手段として業績拡大があるのであり、自己成長、遣り甲斐、夢を描けない企業戦略は間違いと考えており、仕事の目的は、日々業務を通じて人格形成、人間力を高め、自己の魂を磨くことと定義しております。
ウィズリンクは、「道徳と経営は一体」という思想を育んでおり、社員教育において更なる育成に注力し、「仕事を通じて人間力を高める」ことが、経営者である私の役割であり、好ましい社風を醸成し、企業文化を承継することそが創業者経営者の使命と認識しております。
ウィズリンクは、これからも人財育成を通じて、微力ながら地域社会の貢献に向けて更なる精進を重ねてまいります。
カテゴリ:わたしの生い立ち『幼少時~現在』

