わたしの生い立ち~青年少期1~
2009年1月21日
「好きな美術」
小学3年生の時、母親の経営する中区舟入の小さな
「かっぱ食堂」は閉店となり、私達家族は南区に引越すこととなり、
私は2学期より大河小学校に転校しました。
その後の、市立翠町中学生時代は、身体を動かすことの
苦手な私は、体を鍛える目的で卓球部、次に柔道部に入り
ましたが、やはり運動は不得手で出席率は悪い部員でした。
運動部の厳しい練習
「江口!うさぎ跳び100回!」
先輩後輩の上下社会関係は糧となりました。
中学1年生の担任の野村先生は美術の教諭でしたので、
私は自分の一番好きな得意教科であり、先生と部室で
遅くまで絵画について色々と勉強させていただきました。
学業成績は良い方ではありませんでしたが、美術だけは
いつも通信簿で「10」をもらっており、県の美術出展でも
時々入選し表彰をいただいておりました。
そのせいもあって、自宅では休日には、絵画や漫画を
描いたり、模型造作して時間を忘れることがしばしばありました。
現在も会社では、メニューデザイン構成などについては
好きな分野であり、色々と口出ししております。
カテゴリ:わたしの生い立ち『幼少時~現在』

