わたしの生い立ち~サラリーマン時代6~
2008年10月25日
(知恵は無限)
やがて私は、過去のやり方と画一的に差別化された話法や手法を
開拓し、自身の糧として会得しました。
これまでの郵便局簡保のお客様の大半は、一般家庭の個人契約が
メインであり他には法人契約があり、役員対象法人契約においては、
高額契約に綱がることが多く、私の訪問先は個人から法人に少しづつシフトしておりました。
次男出産の記念すべき3月31日に、中区の企業先から獲得した
最高額の役員7件の契約締結した際の、飛び上がるほどの嬉しさは、
死ぬまで忘れることは無いでしょう。
更なる大口契約締結に向けた研究を行い、これまでには実現
できなかった一度に複数の大口契約を可能とする企業経営
リスクヘッジを可能とする契約話法を会得しました。
法人税法の書物を読み、週末は自費により経理学院に通い、
隠密で東京の優績者にお願いし同行指導も行いました。
当時の管内上位優績者の月間成績は、月掛保険料で約60~80万程度
でしたが、私の第一号の法人契約は建設業企業1社様からの契約で、
月掛金100万となり、法人先の契約では管内では過去最高契約高でした。
その後、多種業種企業先を訪問し、大口契約を重ねていきました。
もっと効率を上げるために、事前電話アポ訪問による公衆電話では
移動時間ロスが発生するため、携帯電話セルラーホンをレンタル契約し
(当時の通話料は3秒10円と破格)、時間の最大有効活用を図り、
運転移動しながら車内から携帯電話で次のアポを取り、
木陰の車内で冷たい弁当を流し込み、できる全ての方法を投入しました。
自身の思い次第で
「知恵は無限大」
であることを学びました。
寒い冬の氷雨を突いて辛さと戦い、灼熱の夏には革靴から湯気が
でたり、全速で赤バイクで走り回りました。
特に春の花粉症の時期には、身体はグジャグジャ、ボロボロでした。
カテゴリ:わたしの生い立ち『幼少時~現在』

