心の修行・四国のお遍路の旅日記 記事一覧

「四国八十八カ所 第21番~23番札所」遍路

2009年1月26日

発心の道場 阿波国 徳島県

今回は、1泊2日の日程で9か寺を回るスケジュールです。
年間で一番気温の低い1月は、お遍路する人は、かなり少ないそう
ですが、私達は1年間で八十八ヶ所を巡ると決定したことであり、
過密な仕事スケジュールが重なり、寒中の1月も参加しました。

 

第21番 太龍寺

太龍寺は、阿波三大難所の一つであり、1992年には、鷲敷町から
山越えのロープウェイが開通し、山頂にある寺へ楽にいけるように
なっています。

西日本最長のロープウェイということで、本当に長い距離、
そして高い山頂まで登りました。
登る途中では、周囲の景色が何度も姿を変え、パノラマのように
視界が開け、高野山のみならず、富士山も見えるのでは、と思うほどでした。

山頂近くからは、徳島県に面した雄大は日本海がごこまでも
拡がっておりました。
山門には大きな立派な石柱が並んでおり、壮観立派なお寺です。

弘法大師が19歳のときに苦行を重ねたということを伺い、
信じられないくらい凄いことだと改めて感心しました。

 
第22番 平等寺

厄除け男坂が本堂へと導いてくれました。
本堂にはイザリ車や松葉杖が奉納されています。これは、大師に
帰依し、自己の苦難を越え救われたあかしのように思えました。

庵の横には、樹齢約1000年、高さ31メートルの大杉が立っています。
これは、さかさ杉と名づけられた珍しい木です。全ての枝が下向きに
伸び、それが上に向かっていました。

第23番 薬王寺

薬王寺は、厄除けの寺として知られているせいか、参拝者がとぎれる
ことがないそうです。
山門をくぐり、厄除けの石段を見上げたら、人々が落としていった
賽銭の一円玉が両わきにたまって光ってました。
今日も多くの人達が、一円玉を石段に載せる様に、腰をかがめて
難しそうに並べて上がったり、降りたりしていました。

石段には一円玉がこぼれており、時折踏むつけることもあり、
複雑な心境で上りました。

1月の夕暮れの冷たい風は、こわばる頬を突き刺し、足元から底冷えがします。
この薬王寺で
「発心の道場」は終わり、いよいよ明日からは、
高知県の「修業の道場」のお遍路が待っており、今夜は、徳島県海部海陽町の「遊遊NASA」ホテルに宿泊します。

207号室の窓から眺める景色は、静かな日本海を入り江が包み込む、
最高のロケーションの部屋でした。

わたし達夫婦は、早速冷た身体を大風呂で癒し、やっと身体をいたわる
ことができました。
TVをつけると、ニュースが、朝青龍の初場所優勝を伝えておりました。

夕食は、夫婦でビールで乾杯! 
「今日は、寒い中大変ご苦労様でした」 

疲れた身体は、TVを見ながら磁石の布団に吸い込まれました。 

 

    合掌

修業の道場(24番~26番) 土佐国 高知県

2009年1月26日

第24番 最御崎寺(ほつみさきじ)

お遍路の朝は早く、7時45分にホテル出発です。
いよいよ「修行の道場」へと進み、高知県に入ってまいりました。
般若心経を唱えるお経も少しは、板についてきた感じです。

室戸岬の先端に、第24番札所の最御崎寺はあります。
2年前に夫婦で足摺岬に来ましたが、室戸岬まで足を伸ばすことが
できなかったので、念願の訪れとなりました。

このお寺は、室戸岬灯台を訪れた観光客や家族連れなど、いつも
参拝者で賑わっているそうです。

バス停前にあるお店では、土佐室戸銘菓名物「どら焼き」を手作りで
一つずつ手稲に焼いており、妻の両親のお土産に5つ買いました。

 

第25番 津照寺(しんしょうじ)

24番から25番までは、バスで約40分と離れており、冷めた身体は、
心地よいバスの揺れに、左右に揺られながらすぐさま、ウトウトと
睡魔に襲われ、気づいたらあっという間に30分ほど経っていました。

山門からは急な石段が長く続き、中央の手すりが心強く感じられました。

日頃の運動不足が、足腰にかなりこたえました。
道端で売っていたポンカンは、格別の味でした。

 

第26番 金剛頂寺

仁王門へは、男坂、女坂、それぞれの石段を上がります。
大人の背丈もある大きな「わらじ」をつるした門を入り、さらに
行くと正面に風格ある本堂があり、冷たい風の中、震えながら、
般若心経を唱え、
「家内安全・商売繁盛・・・」心からのお祈りをします。

本堂そして大師堂での祈願を終えて、駐車場に戻る途中で、何と、
私達には最高の心身を癒す御馳走といえば・・・

「猫ちゃん」を発見しました。

猫好きの夫婦は、われ先にと、携帯カメラで撮りまくりです。

ホットさせてくれた、寒さの中、ほのぼのしたひと時でした。

「四国八十八カ所 第17番~20番札所」

2008年12月22日

発心の道場(1番~23番) 阿波国 徳島県

 
12月17日は「ばり馬祇園西原店」のオープン日。

17~18日は経営者研修に参加した福岡博多出張。

そのまま当日夜は社員採用会社説明会で講和と面接を終え、
昨19日は「ばり馬宮内店」がオープンしました。
今週はバタバタと業務が重なり、20日は早朝4時に起きて、
妻の寝顔を傍らにメールの確認と指示を出し、時間ギリギリで
妻の運転する愛車で自宅を飛び出し、ツアーバスに滑り込み
四国お遍路となりました。

 

第17番 井戸寺

門から見ると、たくさんの堂宇が並んでいます。
そのひとつ、日限大師のお堂には、弘法大師がこの地を
訪れたとき、濁水で困っている人々の救済のために、掘ったという
井戸が残っています。

私達夫婦は先達さんの説明を聞いて早速覗き込みました。
かなり深い井戸です。

「なるほど、だから井戸寺という命名になったのか・・・」
納得です。

井戸寺までは瀬戸大橋から遠路までのお寺であり、
時間は昼を迎え、近所のお店でお昼ご飯となりました。
大きな和風レストランの2階でランチとなりました。

徳島名物の「たらいうどん」を食べました。
木製のたらいに、熱いさぬきうどんが盛り付けられ、
つゆにネギと生姜を入れて食べます。
稲荷寿司3個とミニ野菜サラダが付いておりました。うどんの
量がたくさんあり、稲荷寿司2個はパックに入れてテイクアウト
としました。
とても美味しくいただきました。

店の内装そして外装は、私達の店作りにもとても参考となる
店作りであり、携帯カメラに多く収めました
(経営者はどこに行っても、事業のことが頭から離れません)

売店で、名物の黒きなこ餅と金時芋菓子を買ってバスに乗り込みました。

家内の母親へのお土産です。
お腹いっぱいになりご馳走様でした 合掌。

第18番 恩山寺

もともとこのお寺は、女人禁制の寺であった。
開基より100年ほどのち、大師がこの地で修行をしていた際に、
母君が讃岐からやってきて大師に会おうとした。
しかし、寺は女人禁制であるためかなわない。そこで大師は、
7日間にわたって女人禁制の秘法を行い、ついに成就して
母を迎え入れ孝行をしたという。そして、この時山号と
寺号を母養山恩山寺と定めた。

御詠歌「子を産めるその父母の恩山寺、訪いがたきことはあらじな」


第19番 立江寺

数々の悪業と不貞を働いたお京という女性が、相手の
人と四国巡礼に出ますが、この立江寺で天罰を受けます。
その償いのために、ここで庵を結んだとされています。

立江寺は四国に4箇所ある関所寺のひとつです。罪深い遍路は、
改心しないと通れないといわれています。

本堂入り口にぶら下がる鈴緒は、直径50cmほどで、
かなりの重量感を感じさせるものです。昔、このお寺の鈴緒に
お京さんの黒髪が逆立ち巻きついたといわれています。
先達さんの説明から、何か怨念や霊感の不気味さを感じさせる
お寺でした。
第20番 鶴林寺


バスを降りて鶴林寺までは、かなり急勾配のある坂を
10分以上登ります。日頃の運動不足により、下半身はフラフラです。

大師がこの地で修行中、雌雄2羽の白鶴がかわるがわる
老杉に舞い降りては、小さな黄金の地蔵菩薩を守護しているのを見た。

大師はすぐに3尺の地蔵菩薩を彫り、その胸の部分に黄金の
地蔵菩薩を納めて本尊としたという。

本堂の両脇には、伝説の大きな像がある白鶴の鶴林寺が
地元の人に「お鶴さん」の愛称で親しまれている理由に納得です。
12月中旬のお遍路は、お寺の参道や小道の傍らには、
すっかりと紅葉を終えた落ち葉がたくさん積み重なっておりました。
樹木は既に冬支度を始めており、晩秋の面影を残しながら
長い冬を迎える覚悟が見えました。

帰路のバス社内では、小腹の空いた私達は、ランチで
持ち帰った稲荷寿司を頬張りました。
甘酸っぱい美味しさが疲れた身体を癒してくれました。
四国お遍路のお蔭様で、四季の変遷を感じることができることの幸せに、心より感謝します。
                                     合掌
 

「四国八十八カ所 第12番~16番札所」

2008年11月29日

発心の道場(1番~23番) 阿波国 徳島県

先日11月25~27日までの3日間は、社員旅行で
神戸・大阪・京都の3都巡りを行い、楽しい想い出を詰めて
帰宅したばかりですが、一日置いた29日は3回目の四国お遍路日と
なりました。
昨夜は旅行留守中に溜まっていた業務で深夜遅くまで忙殺され、
早朝より激しく鳴り響く目覚まし時計に、覚醒していない
重い身体を炊きつけられた夫婦は、四国行きのツアーバスに
乗り込みました。

日頃の行いが良いのか今回も早朝より絶好の晴天に恵まれました。

第13番 大日寺

瀬戸大橋を渡り、徳島市内に入って最初の札所である
「大日寺」を、12番札所より先に御参りします。
境内には、しあわせ観音や、水子地蔵、子安地蔵尊などが
祀られています。

納経所前に、県指定の「小賀玉」という珍しい木があります。
秋には赤い実がなり、これを巫女が神殿で奉納舞のときに持つ
鈴に似ていることから、呼び名になったようです。


 

12番の焼山寺に参拝する前に、山の細道に位置し長い歴史を
感じさせる古家の「田中食堂」で昼食をとりました。
山間にある田舎の食堂で、四国の手作りうどんと、
手作り感がそのまま味に染み出ている「うどんだし」がとても
美味で、昔私の母親が作ってくれた手作りうどんを思いださせる
懐かしい味でした。田舎寿司も酢がよく効いてとても美味しくいただきました。

店頭で販売されていました、手作りの「すだちとゆずの合わせ酢」
2本と、「天然ゆず味噌」「徳島名産の金時芋」を購入しました。
田舎の手作りお土産は、都会のスーパーでは求めることが難しい、
愛情のこもった温かみのある本物の味です。
ゆす酢1本と金時芋は、家内の母親へのお土産です。
大変ご馳走様でした、合掌。
 

第12番 焼山寺

 
田中食堂から焼山寺まで、山あり谷ありの険しい急坂を歩けば
6時間程度かかることから、山道をマイクロバスに乗り10分程度で
山頂に登りました。そこから歩いて8分程度で到着です。

 

焼山寺への参道からは、四国の山並みが幾重にも見えます。
仁王門周辺には、多くの巨大杉が林立して、ひんやりとした霊気が
流れていました。巨大な杉は大人が手を繋いで4~5名は必要な
大きさでしょうか。今回の巡礼で一番印象に残ったお寺です。

 
第14番 常楽寺

石段を上っていくと、起伏のある岩の上に境内が広がり、
堂宇が見えてきます。正面に本堂、その右に大師堂。
左には同行大師像とりっぱな無縁塔がありました。
「まつり人のない霊さまをおがんであげてください」と書いた
立て札が添えてあります。

境内にむき出した自然石の庭園があります。時をへて、風雨に
侵食された跡が、優美なひだ状に広がっています。線香の煙が
境内から岩間を絶え間なく流れていく・・・。

第15番 国分寺

聖武天皇の勅旨で全国に建立された官立寺院のひとつです。
七重の塔を建てたときの大きな礎石がまだ残っていて、当時の
寺の繁栄がしのばれます。

御詠歌・・・薄く濃くわけわけ色を染めぬれば流転生死の秋の紅葉ば

第16番 観音寺

国分寺から観音寺へは、のどかな田園地帯を行きます。
寺に近づくと、商店が軒を連ねる門前町の風情へと変わります。
到着すると時刻は既に16時40分を回っていたので、ろうそくと
線香を立てることができなく、納札を納札箱におさめ、お賽銭を
あげて読経だけで終えました。全てのお寺は17時で閉門となります
ので、ギリギリの滑り込みでした。
*今回のお遍路は11月下旬という時節柄、徳島県山間を巡りながら、
絶景の紅葉狩りを一緒に楽しむ、贅沢なお遍路となりました。
境内やお寺参道の樹木には、もみじやイチョウが、
赤や黄色に染まり、木々は晩秋からの冬支度を終えようとして
おりました。

田中食堂でいただいた昼食の「田舎うどん」は、決して高級料亭では
味わえない、母親を思い出させる最高の贅沢をさせていただきました。

18時を回った車窓からは、陽が落ちた町並みを月明かりが遠慮しながら、照らしておりました。

最高の景色に、そして皆様に感謝、感謝、感謝!
                                合掌

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